1)倫理審査が必要な『研究として扱う症例報告』についてのガイドライン

作製:2023年2月1日

北陸精神神経学会

「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」では、いわゆる症例報告は研究に該当しないとしている。ただし、以下に該当する症例研究については、当該機関における倫理審査を行うことを日本精神神経学会は学会員に遵守することを求める。

1.所属施設・機関における規定等が審査を求めている場合

2.症例を集積するために診療録等の臨床情報を用いる場合

3.通常の診療の範囲を超えた治療、検査その他を行う場合

註:これらのガイドラインは日本の法令規則が適用される症例報告を対象とし、他の地域(日本の法令規則が適用されない地域)の症例報告は対象としない。他の地域の症例報告には当該地域の法令規則が適用される。

2)症例報告を含む医学論文及び学会発表におけるプライバシー保護に関するガイドライン

作製:2023年2月1日

北陸精神神経学会

個人のプライバシー保護を含む倫理的配慮は、医師及び医療専門職・関係者に求められる重要な責務である。医学論文あるいは学会において発表される症例報告は医学・医療の進歩に貢献し、国民の健康、福祉の向上に重要な役割を果たしてきた。一方、症例報告では、特定の個人が有する疾患やその治療内容に関する情報が記載されることが多い。その際、プライバシー保護に配慮し、個人が特定されないよう留意するとともに、原則として、十分な説明をし、理解を得た上で、同意を得なければならない。

以上を踏まえ、北陸精神神経学会における症例報告にあたっては、個人のプライバシー保護を含む倫理的配慮に関して以下の諸点を遵守することを求める。

【プライバシー保護の責務】

精神科医療を受ける個人の情報は、特別な配慮を要する情報であることに鑑み、症例報告の意義を損ねない範囲で、できる限り個人が特定されないよう、例えば以下のような方法で、プライバシーを保護しなければならない。

(ア) 個人特定可能な氏名、入院番号、イニシャルまたは「呼び名」は記載しない。

(イ) 住所は記載しない。生活史に関連する固有名詞はアルファベットを用いる(A市、B社など)。

(ウ) 特に必要がない場合は、実年齢は記載せず、○歳代等と表示する。

(エ)日付は、臨床経過を知る上で必要となることが多いので、個人が特定できないと判断される場合は月日を記載してよい。年については、発表者の関わり開始をX年とし、X+1年、X-1年といった記載を用いる。

(オ) 他の情報と診療科名を照合することにより個人が特定され得る場合、診療科名は記載しない。

(カ) 既に他院などで診断・治療を受けている場合、その施設名ならびに所在地を記載しない。C病院、D市などとする。発表者が診療を行った施設は「当院」「当科」と表現する。

(キ) 顔写真を提示する際には目を隠す等、個人を特定できないように配慮する。

(ク) 症例を特定できる画像情報、剖検等に含まれる番号などは削除する。

【説明と同意】

症例報告を行う場合には、原則として、症例報告の対象となる個人に対し、症例報告の目的・意義、発表する内容とその方法を、本人が理解できるように十分に説明した上で、本人の同意又は代理人(代諾者)の同意を得なければならない。代理人(代諾者)の同意を得た場合でも、本人の賛意を得るよう努めなければならない。この場合に、同意又は賛意を表明しないことにより不利益を受けないこと、撤回の自由についても説明すること。

個人情報保護法ガイドラインによれば、「本人の同意」とは、本人の個人情報が、発表者等によって示された取扱方法で取り扱われることを承諾する旨の当該本人の意思表示をいう(当該本人であることを確認できていることが前提となる)。また「本人の同意を得る」とは、本人の承諾する旨の意思表示を当該個人の発表者が認識することをいい、発表等の性質及び個人情報の取扱状況に応じ、本人が同意に係わる判断を行うために必要と考えられる合理的かつ適切な方法によらなければならない。

個人情報の取扱いに関して同意したことによって生ずる結果について、未成年者、成年被後見人、被保佐人及び被補助人が判断できる能力を有していないなどの場合は、親権者や法定代理人等から同意を得る必要がある。

なお、例えば以下のような場合には、個人情報保護法上は、本人又は代理人の同意を得ることなく発表することが可能な場合がある。そのような場合にも、可能な限り、十分な説明をし、本人が理解をした上での同意を得なければならないことを本学会の原則としている。その努力をしても同意を得ることが困難なため、同意を得ることなく発表する場合には、発表者が以下のいずれの理由により発表可能と判断したのかを明確にした上で、学術集会の主催者が、以下のいずれの理由によるのかを明確にした上、個別具体的に判断し、その記録を残すこと。

・特定の個人が識別されず個人情報とはみなされない場合

・死亡している者の情報であって、家族等の個人情報であるとはみなされない場合

・個人情報であっても、個人情報保護法の例外規定に該当する場合であって、機関における安全管理措置等の体制整備が確認できる場合

3)北陸精神神経学会 「症例報告を含む医学論文及び学会発表におけるプライバシー保護に関するガイドライン」Q & A

作製:2023年2月1日

 以下は、「個人情報の保護に関する法律」(略称:個情法)の規定に基づき、北陸精神神経学会が作成した「症例報告を含む医学論文及び学会発表におけるプライバシー保護に関するガイドライン」(略称:本学会プライバシーガイドライン)に対するQ&Aである。

本学会プライバシーガイドライン及び本Q&Aは、現時点での学会の考え方を示すものであり、今後、国や学術団体から新たな法令・指針やその解釈が明示された場合に、回答が変更される可能性がある。

 Q1. 同意は文書で得る必要があるか?

A1. 説明文書を用意し、わかりやすく丁寧に説明した上で、文書で同意を得ることが望ましい。なお、口頭で同意を得て、その記録を作成することでも許容される。

解説 :説明文書は各施設で作成されるものであるが、以下の五点を含むことが重要である。

ア 医療の改善や、公衆衛生・学術・教育に役立つことを目的とする。

イ 症例検討会や学術集会、医学雑誌などで発表する。

ウ 同意しなくても、また後に同意を撤回しても、診療上何の不利益も受けない。

エ 匿名性を保持し、プライバシー保護に配慮する。

オ ただし、同意撤回の時点で報告済みの情報や、切り離してしまって誰の情報かわからない情報については削除できない場合があること。

説明文書・同意書の書式例を別添で示す。ただし、各施設の事情に応じて、適宜変更して使用すること。

なお、個情法における同意の方法についての考え方は、口頭による同意も許容されている。口頭で同意を得る場合には、診療録等に同意の記録を残しておく。

Q2. ケースシリーズでも本人同意が必要か?

A2. 原則として本人同意が必要である。医学系研究として実施するものとし、倫理審査委員会の承認と機関の長の許可が得られていれば、同意の手続きを簡略化することが可能な場合もある。

解説 :症例報告は、「他の医療従事者への情報共有を図るため、所属する機関内の症例検討会、機関外の医療従事者同士の勉強会や関係学会、医療従事者向け専門誌等で個別の症例を報告する」ものとされる。 複数の症例をまとめて新たな医学的知見として発表するケースシリーズであって、研究とみなされる内容であれば、生命・医学系指針に従う必要がある。「症例を集積するために診療録等の臨床情報を用いる場合」には倫理審査を受けることを求めている。この場合、インフォ―ムド・コンセントを取得することが原則であるが、生命・医学系指針の規定に従って、オプトアウト手続き(研究に関する情報を公開し、本人が拒否する機会を提供する)等を行うことによって、インフォームド・コンセントを簡略化できる場合もある。その場合には、研究計画書を倫理審査委員会が承認し、かつ、研究機関の長が許可していることが必要である。

Q3. 精神保健福祉法のもとでの応急入院、医療保護入院や措置入院、医療観察法での入院中の患者の場合には、本人同意だけでよいのか? あるいは、代諾者の同意だけでよいか?

A3. 本人に、同意したことによって生ずる結果について十分に判断できる能力があると判断される場合には、本人の同意のみでよい。本人が判断能力を欠くと判断され、代理人が適切に選定されているのであれば、代理人の同意のみでよいが、本人の賛意を得るよう努める必要がある。

解説

精神保健福祉法のもとでの応急入院、医療保護入院や措置入院、医療観察法での入院は、多くの場合に非自発的なものであるが、治療や入院に対する判断能力と、症例報告の対象となることに対し同意したことによって生ずる結果についての判断能力は、相互に影響し関連し合うものであるとしても、独立した事象である。また、ある時点で判断能力がないと考えられる状態であっても、判断能力を回復したと考えられる状態のときに同意を得ることができる場合もある。このため、できる限り本人の同意を得る必要がある。

本人が判断能力を欠くと判断される場合には、代理人の同意が必要であるが、代理人の選定に当たっては、本人と代理人の利害が相反する場合もあるため、本人との関係性などにも配慮することが必要である。

なお、生命・医学系指針では、「代諾者からインフォームド・コンセントを受けた場合であって、研究対象者が研究を実施されることについて自らの意向を表することができると判断されるときには、インフォームド・アセントを得るよう努めなければならない」とされており、症例報告においても、こうした考え方は参考になる。

Q4. 本人が死亡している場合はどうなるのか?

A4. 発表内容が遺族の個人情報とみなされる場合、遺族の同意が必要であるが、これに該当しない場合には、本人の生前の意思、名誉等を十分に尊重し、特段の配慮をした上で、遺族の同意を得ることなく発表できる場合がある。

解説:個情法では、個人情報は「生存する個人に関する情報」と定義されている(個情法第二条第一項)ため、原則として死者の情報は個人情報とはみなされないが、死者に関する情報が同時に遺族等の生存する個人に関する情報でもある場合には、当該生存する個人に関する情報となるとされており、これに該当する場合は遺族等の個人情報として取り扱う必要があることに注意が必要である。

遺族等の個人情報として扱う必要がないと考えられる情報である場合には、死者の情報は個情法の適用を受けないが、この場合にも、本人の生前の意思、名誉等を尊重し、特段の配慮をした上で、死者の情報を利用するように努めるべきである。

Q5-1. 症例の記載において、職業を別のものに変更したり、性別を変えたりするなどの改変を加えれば、同意取得は不要か?

A5-1. 科学的に正確な記載は学術上の必須条件であるため、当学会における症例報告では、事実を改変した記述を織り交ぜることは許容していない。

Q5-2. 症例の記載において、個人が特定されないように、他人の名前と共に「(仮名)」と書くことは許容されるか?

A5-2. 当学会における症例報告では、仮名を用いるのでなく、症例Aといったように、機械的にあてたことが明白となるように記すことが望ましい。

Q5-3. 個人が特定されないように、固有名詞にアルファベットを使った場合、これは事実の改変にはあたらないのか?

A5-3. 例えば、固有名詞については、A、B、Cというように、順番にあてはめることにより、機械的にあてたことが明白となるので、これは事実の改変とはみなされない。実際の名称の頭文字アルファベットを用いると、機械的にあてた場合に比べ、個人が特定される可能性が高まるため、推奨されない。

Q5-4. 複数の症例を合成すれば、同意取得は不要か?

A5-4. 症例報告ではなく教育講演等の場合には、架空の症例の提示も許容されることがある。しかし、「複数の症例を合成した」、あるいは「実際の症例を改変した」場合には、実際の症例の情報が何らかの形で残存していることになり、個人が特定される可能性を完全に排除することが難しくなる。したがって、同意取得せずに発表する場合は、「創作した」症例を提示し、創作症例であることを明記することが望ましい。

同意書の例

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北陸精神神経学会は、日本精神神経学会と同じ「症例を提示した論文に関する新倫理規定」を採用しています。
参照:https://www.jspn.or.jp/modules/journal/index.php?content_id=20
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